減速機の仕様などでよく目にするバックラッシ・ヒステリシス・ロストモーションを、産業用ロボット位置決め精度と関連付けて説明します。
精密減速機の位置決め精度について
まず精密減速機のバックラッシ・ヒステリシス・ロストモーションについてまとめていきます。
孫引きになってしまうのですが、JISでの語句の定義は中央精機さんのページを参考にしています。
自動ステージ 関連 -中央精機株式会社 | 精密ステージユニット、光学関連機器-
バックラッシ
JIS B0182-1993で定義されており、ギヤの歯と歯の間にあるスキマのことです。
参考:自動ステージ 関連 -中央精機株式会社 | 精密ステージユニット、光学関連機器-
通常のギヤでは原理的にゼロにすることができません。
例えば、RV減速機では「バックラッシを限りなくゼロ」と表現しています。
部品精度で追い込んでかなりバックラッシを低減させていますが、理論上スキマが必要な歯型なので、このような表現となっています。
減速機には、「バックラッシ」と呼ばれる、歯車同士のスキマがつきものです。ただ、バックラッシが大きいと歯車のガタが大きくなり、計算通りには動かなくなってしまいます。そこでナブテスコの精密減速機RV™では、特殊な歯車機構を独自に開発し、バックラッシを最小限に抑制。
~精密減速機RVの‟3つ”の特長 - ナブテスコ 精密減速機RVより引用~
逆に、ハーモニック・ドライブ・システムズ社(以下HDS社)のハーモニック減速機は「ゼロバックラッシ」を謳っています。通常のギヤとは異なる噛み合いのため、歯と歯のスキマをゼロで設計できるからです。
Q2 ハーモニックドライブ®はバックラッシが無いって聞きましたが本当ですか?
A 本当です。ハーモニックドライブ®はバックラッシがありません。
通常の歯車はバックラッシが無いとうまく回転できませんが、ハーモニックドライブ®は通常の歯車と噛合いの仕方が違うため、バックラッシが無くてもスムーズに回転することができます。
~よくあるご質問(製品情報) | 製品情報 | ハーモニック・ドライブ・システムズより引用~
バックラッシは経年変化(歯の摩耗)で増加していきますが、短時間で見た場合は一定とみなすことができます。
ヒステリシス
ヒステリシスはJISで定義がなく、人によって意味のばらつきがあるようですが、ヒステリー(履歴)の名の通り「その前の状態が影響すること」です。*1
例えば、減速機がある位置で停止しているとします。
180°動作してその位置に来た場合と、1°だけ動いてその位置に来た場合は、同じ状態に見えますが、内部のシャフトの捩じれやオイルシールの捩じれなどが異なります。
その内部状態が微小な位置決め誤差となって現れます。
ヒステリシスは、先に述べたバックラッシや部品の弾性、摩擦成分が原因で発生します。
具体的には、
- 部品弾性:シャフトや波動歯車減速機のカップの捩じれなど
- 摩擦成分:オイルシールやOリング、ベアリングの転がり摩擦など
です。
弾性成分やバックラッシによるヒステリシスは再現性が高いですが、摩擦成分は再現性が低いです。
ロストモーション
JIS B 6330-1980で定義されており、ある位置に対して正転方向と逆転方向から位置決めした時の位置決めのずれになります。
先に述べたバックラッシやヒステリシスなどが積み重なって発生します。
参考:自動ステージ 関連 -中央精機株式会社 | 精密ステージユニット、光学関連機器-
ただ、減速機メーカのカタログを見ると、JISとは異なり入力軸を固定した状態で出力側にトルク(外力)を加えた時の捩じれ量を測定しています。
よくあるご質問(製品情報) | 製品情報 | ハーモニック・ドライブ・システムズ
https://precision.nabtesco.com/img/area/leaflet_pdf/ja/ja_cat_product-guide_01.pdf(60ページに記載あり)
また、ナブテスコはロストモーション、HDS社はヒステリシスロスと呼んでいます。
どちらの会社も、減速機の定格トルクの3%を基準として測定した結果を掲載しています。
具体的な数字を挙げると、
- HDS社のSHG-25-100*2:ヒステリシスロス 1.0arcmin以内
- ナブテスコのRV-Nシリーズ:ロストモーション 1arcmin以内
です。
ギヤ・ベルト・プーリなどの位置決め精度について
では、ギヤやベルト・プーリといった要素部品ではどうでしょうか。
ギヤ→バックラッシ、ベルト→伸びというように、位置決め精度悪化の要因があります。
さらに、精密減速機に比べると精度が一段落ちます。
ですが、産業用ロボットの場合、モータ→平歯車やベルトプーリ→減速機という構成で使用する場合がほとんどです。
そのため、平歯車やベルトプーリの影響は最終的にはかなり低減されることになります。
例えば、下記のような構造で平歯車のバックラッシが30arcmin*3で、減速機の減速比が80だった場合、外から見えるバックラッシは0.5arcmin未満に低減されます。
そのため、ロボットの位置決め精度は精密減速機の性能でほとんど決まることになります。*4
小まとめ
まずは位置決め精度の悪化要因をまとめました。
語句の細かい定義よりは、スキマ・ねじれ・摩擦が、正転逆転を繰り返す中でどう影響するかのイメージを掴んでもらえたらと思います。
また、産業用ロボットの動作精度には、精密減速機の性能が大きく貢献していることも分かっていただけると思います。
産業用ロボットの位置繰り返し精度と絶対位置精度
位置繰り返し精度*5
位置繰り返し精度は、あるティーチング点に移動することを繰り返した場合に、その停止位置がどれくらいばらつくかというものです。
産業用ロボットの仕様を見た場合、位置繰り返し精度が記載されていることが一般的です。
JIS B8432:1999*6ではポーズ繰返し精度と呼ばれ、測定方法が定義されています。
イメージとしては下記の図のようにA→B→C→D→E→A・・という順で動作し、毎回同じ方向から測定点に向かうことになります。
また、暖気し終わった状態で、温度による寸法変化が影響しない状態で測定されます。*7
ロボット以外の場所に位置の基準があるわけではなく、ロボットが実際に停止した点同士を比較しているので、ある意味で相対的な位置精度と言えます。
絶対位置精度
対して絶対位置精度は、「現在位置からX方向に100mm、Y方向に50mm移動せよ」という指令を出した場合にどれくらい正確に移動するか、もしくは、ロボット外のある基準点を用いて「X:○○、Y:○○、Z:○○の位置に移動せよ」という指令を出した場合に、どれくらい正確にその位置で停止できるかというものです。
相対位置は得意だが絶対位置は苦手
相対位置精度である位置繰り返し精度については産業用ロボットはかなり優秀で、機種によっては0.02mmなどとなっている機種もあります。
位置繰り返し精度を悪化させる要因は、ヒステリシスが支配的です。
逆に、絶対位置精度は苦手とするところで、
- 上記で述べたバックラッシ・ヒステリシスなどの要因
- ロボットの部材寸法(アーム長さ)の実際と制御装置が計算に使用するモデルとの誤差
- ロボット部材が温まることによる寸法変化
- ロボット自重によるたわみ、手先のツール・ワークの重さによるたわみ
- ロボットの据え付け位置の誤差
- エンコーダがモータにしかついておらず減速後の位置を測定していないこと*8
というように、(位置繰り返し精度と比較して)精度を悪化させる要因が多岐に渡るからです。
まとめ
繰り返しになりますが、産業用ロボットのスペック表を見ると、位置繰り返し精度はかなりいい数字が載っています。*9
ですが、上記で述べたように位置繰り返し精度の測定はロボットにとって結構有利な条件で測定されるため、その数字をそのまま実運用に持っていくことはできません。*10
*1:材料の分野などでも別の意味合いで使われます
*2:サイズ型式25の減速比100のモデル
*3:ピッチ円40, 歯の周方向スキマが0.15の場合、バックラッシはざっくり25arcminです
*4:もちろん平歯車などでの減速部をおろそかにしていいわけではありませんが
*5:繰り返し位置精度と言う人もいます
*6:ISO9283:1998 産業用マニピュレーティングロボットー性能項目及び試験方法
*7:温度変化による影響を考慮する場合は、別で「ポーズ特性のドリフト」という項目があります。
*8:これについては別途詳しくまとめようと思います
*9:小型ですと0.02~0.05mm、大型でも0.1~0.5mmなど
*10:ロボットメーカがわざと悪い数字を出していないと言いたいわけではありません。絶対位置精度はシステム構築時の事情も大きく影響するため、メーカとして一般的な数字として出しにくいという事情もあると思います