FA・ロボット業界の片隅から

FA業界の片隅のフリーランス機械設計者のブログ。 産業用ロボットウォッチが趣味です。

ロボットの制限装置(limiting device)について

ロボットの制限装置(limiting device)について、解説していきます。
ISO10218シリーズの2011年版と2025年版とでどのように異なるかも含め、まとめてみたいと思います。

制限装置(limiting device)とは

制限装置を一言で言うと、ロボットの動作範囲を狭めることで、危険な空間を縮小するための装置です。*1
(先端のツールやワークも含めての)産業用ロボットの動作範囲というのは、同時に危険源*2が到達できる空間でもあるのですが、その危険な空間を必要最小限のサイズに調整してしまおうという考えで使用する装置と言えます。
語句の定義はISO10218-1:2025の3.1.9.4 limiting deviceに、要求事項は5.7 Limiting robot motionに記載されています。

「ロボットの動作範囲を狭める」は規格に記載されていますが、「危険な空間を縮小する」というのは規格の意図を私なりにくみ取った表現です。ご了承ください。

具体例

もう少し具体的に、例えば下記のような架空のロボットを考えます。

架空のロボット

ロボットの最大の動作範囲(スペック上の動作範囲)が下の図のようになっていたとすると、この範囲全体を柵で囲ったりセンサで監視したりするなど、人と危険源が接触しないようにしないといけません。

スペック上の動作範囲

ですが、ロボットが前方(図の左側)だけで作業をする場合、後ろ側(図の右側)までも危険な空間と捉えて対策をするのは無駄になります。

そこで、何らかの方法でロボットの動作範囲を前側だけに制限*3した場合、安全対策を施すべき空間は下記のようになります。

調整後の動作範囲

これにより、安全性を保ちつつ、空間の効率もよくなるというわけです。

制限装置(limiting device)の条件

では、動作範囲を制限するといっても、どのような手段で制限すればいいのでしょうか。
「ティーチングで前側だけで動作するようにプログラムを作ったよ」というのは、安全の観点からは、動作範囲を狭めたことにはなりません。
冒頭でも述べたように、「危険な空間を縮小する」という目的があるので、制限した外側の空間には危険源が絶対に来ないことが保証されている必要があるのです。

そのような条件を満たす制限装置として、下記の3つが挙げられています。

  1. 機械的な制限*4
  2. 電気機械的な制限*5
  3. ソフトウエアによる制限*6

1番目の機械的な制限は、そのままメカ的なストッパとお考え下さい。
2番目の電気機械的はElectro-mechanicalの直訳なのですが、リミットスイッチなどを思い浮かべてもらえればと思います。
3番目のソフトウエアによる制限は、例えばFANUCロボットのダブルチェックセーフティの機能を使って、軸の動作範囲を狭める・侵入禁止領域を定める、といったことを思い浮かべてみてください。
いずれも、十分に検証され確実に動作することが確認された装置でなければいけません。*7

制限装置の変遷

ここでちょっと寄り道して、ISO10218の2011版と2025版でどのように記載されていたかを見てみます。

ISO10218-1:2011では

ISO10218-1:2011の5.12「軸制限」に、ロボットの第1,2,3軸には、動作範囲を制限するための手段が必要であり*8、第1軸は機械的手段による動作範囲制限が必須、2,3軸は安全適合*9の監視装置があればソフトによる動作範囲制限で代替できるとされています。

第1軸 第2,3軸
基本的に 機械的制限必須 機械的制限必須
例外的に 機械的制限必須 安全適合の監視があればソフトで実現

この時点では、最も大きな移動範囲を生み出す第1軸については、信頼性が高い(とみなされていた)機械的な手段が必須となっていました。

ISO10218-1:2025では

2025年版では、第1軸に機械的な制限装置が必須であるという記載がなくなり、電気機械的な制限またはソフトウエアによる制限が無い場合は、機械的な制限を備えなければならないという記載に変わっています。
つまり、機械的制限の特別扱い感が薄まり、ロボットの第1,2,3軸には機械・電気機械・ソフトウエアのいずれかの制限装置を備えていればよいということになりました。
ソフトウエアでも十分な安全性を確保できると判断されため、このような変更がなされたのだと考えられます。

実際問題、メカニカルな制限装置は単純明快で、設定ミスなどが入り込む余地も低いのですが、いかんせん使い勝手はよくありません
例えば、冒頭での例のようにロボットが後方に動作しないようにしたい場合、下記の図のように、第1軸、第2軸、第3軸の動作範囲を狭める必要があります。

動作範囲制限例:第1軸
動作範囲制限例:第2軸、第3軸

ですが、このような制限をすると、動作してもよい範囲内でも動作の制約が大きくなってしまい、不便なロボットになってしまいます。

ソフトウエアによる制限ではこのようなことはなく、直感的で柔軟な制限をすることが可能です。
また、制限は運転中に変更してもよい*10ことになっていますが、機械的手段や電気機械的手段ではかなり実装が煩雑になるため、実質的にはソフトウエアで実現することになるでしょう。

安全対策と言えども、利便性を無視してしまうと、省略行為や安全機能の無効化などが発生してしまうため、このような柔軟な運用が可能になったことは歓迎すべきことだと思います。

少し補足

  • 規格で要求されているのは動作範囲が大きい3軸についての制限装置ですが、多く備えている分には問題ありません。*11
  • ロボットが走行装置などの追加の軸を備えている場合、その軸による動作範囲も含めて考える必要があります。

まとめ

今回は制限装置について解説しました。
この制限装置、実はロボットに標準搭載されているのにあまり活用されていないということも多いです。
ぜひとも活用して安全なロボットの運用に役立てていただきたいと思います。

関連記事

産業用ロボットの「空間」についてまとめた記事もありますので、ぜひ併せて読んでみてください。
fa-robot-watch.com

*1:「空間」についての詳細は別記事でまとめています。

*2:危険源=動作しているロボット

*3:ここでの「制限」はrestrictかもしれません。英語だとlimitとrestrictが使い分けられていますが、ここでは気にしないことにします

*4:ISO10218-1:2025の5.7.2 Mechanical limiting

*5:ISO10218-1:2025の5.7.3 Electro-mechanical limiting

*6:ISO10218-1:2025の5.7.4 Software-based limiting

*7:本当はもう少し詳細に定義されていますが、ここではこのような説明にとどめておきます。

*8:詳しく言うと第1次軸、第2次軸、第3次軸で、第1次軸は最も大きな移動範囲を発生させる軸なのですが、垂直多関節ロボットの場合は根元からの順番と一致します

*9:安全適合については

*10:ISO10218-1:2025の5.7.5 Dynamic limiting

*11:ソフトウエアの監視は全関節の速度・位置を監視している場合がほとんどでしょう